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ステレオガール インタビュー
“女子のバンド”にこだわらなくなったら
「ライブがいいね」って言ってくれる人が増えました――毛利安寿

今年6月にリリースした1stミニアルバム『ベイビー、ぼくらはL.S.D』が取り扱い店にて再入荷を繰り返すなか、「GIMME A RADIO」のMV公開をさらなるきっかけに大注目。8月には「SUMMER SONIC 2018」への出演も果たし、その活動に期待が高まるステレオガール。結成は2014年、都内高校の軽音部にて。幾度かのベース交代と受験期活動休止期間を経て2018年より本格始動した彼女たちが、チャンスを掴みながら進んで行くさまは実に痛快でワクワクする。洋楽に触れたことが楽曲作りの突破口となり、イギリスのロックの背景を感覚で捉え、ステレオガールの音楽として鳴らすサウンドは歪さとポップが共存爆発。“女の子のバンド”という意識をなくした途端に手応えを感じるようになったというライブでステージごとに飛躍の跡を刻みながら、今後どんな景色を見せてくれるだろうか。毛利安寿(vo)、宇佐美莉子(gt)、吉田奏子(gt)、大塚理玖(ba)、立崎ゆか(dr)の5人に話を訊いた。

―― まずはステレオガールの結成について、訊かせてください。

毛利安寿 もとは高校の軽音楽部で、宇佐美莉子と立崎ゆかが一緒で、吉田奏子と私が同じバンドをやっていたんですけど、高1の秋頃にそれぞれバンドを組み直そうということで、組みました。

―― お互いのバンドが煮詰まっていたんですか?

宇佐美莉子 煮詰まっていたというよりも、夏休みくらいから「早く解散したいな」ってずっと思ってました。

毛利 私と吉田も、メンバーには愛想を尽かしていて、あっちからも愛想を尽かされていて。やりたいことをやれてなかったんですよね。今時の邦ロックのコピーをやったりしていたんですけど、それが嫌だった。

吉田奏子 ただ、高1の秋までは解散しないで、はじめに組んだバンドをやり続けてください、というのが同好会のルールだったんですよ。だから、それまでは自分のバンドをやりつつ、「あの子いいな、あの子いいな」って感じで次を考えてました。それで、9月の文化祭で最後のライブをやって解散できて、「よっしゃー!」って他のバンドを組むという。それでできたのがステレオガールです。

宇佐美 最初はベースも軽音楽部の女の子が入ってたんですけど、何回か代わって、大塚理玖が最近、サポートメンバーから正式メンバーになりました。

立崎ゆか ベースは三代目ですね。

大塚理玖 サポートを1年間やってたんですけど、正式メンバーになりました。

―― 高1の秋にバンドを組み直した時は、4人の音楽性はバッチリ合っていたんですか?

吉田 全然合ってないです(笑)。

毛利 私はゆかちゃんの真摯さが好きで、一緒にやりたいと思ってました。もっと上手い子もいたんですけど、とにかくゆかちゃんのタムさばきが好きで、ゆかちゃんのドラムがよかった。で、「一緒にやろう」と言ったら宇佐美がついてきた(笑)。正直、宇佐美には全然興味がなかったんですけど。

宇佐美 私は、一緒にやってたゆかちゃんがこのバンドに入るって言うからついて行こう、と(笑)。

―― 音楽性よりも人柄重視だった?

毛利 そうですね。いやすさ重視でした。

宇佐美 軽音楽部だったから、部活にいる子たちはそもそも音楽に詳しいわけではなくて、ただ単に部活としてやってる子たちが半分以上だったかな。だから、最初の半年間で見てきたその子のプレイとか人柄とか真面目さとか、たぶんそういうところでそれぞれ評価してメンバーを集めていたところに、まったく評価されない私もついて行った(笑)。

毛利 だから当時は音楽性も趣味も全然違って、強いて言えばEDMくらいだったかな。

―― 最初に組んだバンドにフラストレーションがあったということは、どんなバンドをやりたいと思っていたんでしょう?

毛利 バンド像があったというよりも、「これじゃないな」っていう。

宇佐美 そう。明確に「これがやりたい」というより、J−POPじゃないし、コピーしてみたガールズバンドでもないし、みたいな。

毛利 みんな要領があまり良くないから、やってみて「あ、違った!」って恥ずかしい思いを蓄積しながら今がある、という感じです。だから来年になったら今を恥ずかしく思っているかも。

宇佐美 そうだね。「クソみたいなアルバム作ったな」ってみんなで言ってるかもしれない(笑)。

毛利 「なにこのジャケ写の黄色って」って(笑)。

立崎 「時代は茶色だよ」って(笑)。

―― 音楽性も趣味もバラバラな4人がそろって、どんなふうに曲を作っていったんですか?

宇佐美 最初は安寿と吉田が作っていて。

毛利 でも、どうも違うなっていう感じがあって、模索してたんです。そうしたら宇佐美が「私も曲作ろうかな」って。その時のことをすごく覚えてるんですけど、「やっぱりバンドをやるんだし、ロックが始まったのは海外だから、洋楽を聴かなきゃいけないと思う。洋楽を貸せ」って言われて。とりあえず家にあったオアシスを適当に貸しちゃったんですよ。でも「よかった」って言ってくれて、そこから私もさらに洋楽を聴くようになったりして。

宇佐美 CDを5枚くらい見繕ってきてくれて。オアシスの『ビィ・ヒア・ナウ』、ブラー、レッド・ホット・チリ・ペッパーズとか。でもレッチリにはハマらなくて。

毛利 レッチリは、本当はお母さんが持ってた『ワン・ホット・ミニット』を貸したかったんだけど、「これはちょっとダメ」って言われて(笑)。で、『アイム・ウィズ・ユー』を貸してくれたからそれを貸して。

宇佐美 あとはパルプとかスウェードとかも聴いたけど、ハマらなかった。

―― ブリットポップというより、わりと王道のギターロックが良かったんですかね?

毛利 ブリットポップにハマったという感じではないですね。

宇佐美 イギリスのロックというか、あの湿った土地にいる感じというか。

―― なるほど。

宇佐美 オアシスは安田生命のCMソングになったりして、日本では泣けるロックの王道、スタジアム系みたいなイメージがあるし、実際、マンチェスター・シティの試合で曲もかかるんですけど。でもノエル・ギャラガーってもっと陰険な奴だと思うんですよ。

毛利 それは「俺からみるオアシス」ね?

宇佐美 そうそう。ノエル・ギャラガーってすごく苦労した人で、過去とか暗い人なんですよ。だからオアシスには実はブラックでダークなところがあって、そういうところがなんとなくハマったんだと思います。だから90年代のブリットポップよりも、80年代のザ・スミス、ストーン・ローゼズとかの方が好きなんですよね。

毛利 オアシス以外、いわば中産階級でぼっちゃんバンドが多い印象があるけれど、オアシスには違う根があるというか、私もそういうところに惹かれたんですよね。「生きねば感」というか。

宇佐美 この人(毛利)はブラーのグレアム・コクソンは大好きだけどね。

毛利 あ、私、ブラーは嫌いなんですけどグレアムは好きです。勘違いされたくないから言っておきますけど。

―― ブラーは嫌いだけど、グレアムは好きだと(笑)。

毛利 はい。来月、シカゴに一人で行ってきます。彼のソロ公演があって、生きてるうちに観たいから。

大塚 心配だわー。

宇佐美 海外まで行く経験なんてめったにないからね。ただ本当に気をつけて行ってほしい。

―― いいですね。そういうの、すごく大切だと思います。

宇佐美 大塚と私は今度、ウィルコ・ジョンソンを観に行きます。

大塚 去年の来日の時にもふたりで「行くぜ」って言ってたんですけど。

宇佐美 うちのおばあちゃんが亡くなって、私は行けなかった。

大塚 俺はめちゃめちゃ年齢層の高いなか、渋谷クアトロにモッズスーツを着て行きました。観ながらもうずっと泣いてましたね。

毛利 英語で手紙も書いてたよね?

大塚 好きすぎて手紙も書いた。そしたら、また今年も来てくれた! 

―― みなさん洋楽にかなりハマっていったんですね。

毛利 ハマりました。紆余曲折ありながら。それまでは本当につまらなかったんですよ、それまでの人生全てが。ボカロも聴いたしアニメも聴いたしJ−POPも聴いたけどきれいすぎてハマれなくて、ドラマ見てもダメで。だからみんながやってる暇つぶしができなくて。小6でストロークスを聴いていいなと思ったけど、情報が少なすぎて、高校に入ってTSUTAYAのカードを自分で手にしたくらいから世界が広がったというか。それまではおばあちゃんに「このCD借りて」とかお願いしてたから。そこから人生始まりましたね。

―― じゃあ4人になって、一気に方向性も固まっていったんですね。

宇佐美 いや、半年くらいは迷走しました。

毛利 私も最初、男の人の音楽ばかり好きだったから。でも自分らは女の子だし、何したらいいのかすごく迷っちゃって。男の子と同じことはできないし、同じふうに見てもらえるわけでもないし。それで、日本でやるんだし、日本のガールズバンドとかを聴いてみたりして。でも「どうやら違うぞ」っていうのが続きに続いて。

―― バンドとして何か見えてきたきっかけは、いつ訪れたんですか?

毛利 宇佐美が曲を書き始めてからですね。

宇佐美 私の中で「これだ!」ってロックが始まった瞬間って、まさに安寿がCDを渡してきた時で。そこからハマって、「これを真似したら曲が作れるんじゃないか」っていろいろ聴いてやってみて。初めて曲を作った時は、うちのギターを呼び出して聴いてもらいました。それをまず持ち曲にして、次に作った曲と、その2曲で高校の軽音部の3大会を総ナメしたんです。時期的には高校2年の9月くらいからかな。

―― 結成して1年くらいで大会を総ナメしたということ?

宇佐美 高校生のバンドだったら、バンドを組んですぐ優勝という人たちもいたので、うちらは遅咲きだったかも。みんなわりと夏の大会であがってくんですよ。でもうちらが賞をいただいたのは冬の大会なので、他の高校生バンドとはちょっと違って。

毛利 だから「もっと(早くから)やれば良かったのに」ってよく言われたけど。

宇佐美 まだその頃はオアシスに出会ってないし、みたいな。

―― 評価されると、それなりの手応えを感じたのでは?

宇佐美 評価というか、みんなでスタジオでやった時に「いい曲できたな」とは思いました。

毛利 あとライブの面で、高2の夏くらいから吹っ切れた感があって。それまでは自分らが“女子のバンド”ということをすごく考えていたんですけど、何かの拍子に「そんなこと考えなくてよかったんだな」みたいに思えて。やっぱりかわいい女の子たちがたくさんいて、明らかに違う生き物だなと思ったんですよね。女子だと思ってやってもかわいい人たちに勝てないし、男の子にもなれないし。それより、自分のバンドのことをすごく信用していたので、そういうところにこだわらなくなったら一気に「ライブがいいね」って言ってくれる人が増えました。

宇佐美 高2の夏くらいに、メンバーが一気に女を捨てた瞬間があったね(笑)。

毛利 いろいろあきらめたよね(笑)。

宇佐美 その辺から振る舞いとか言動がさつになっていって。

吉田 それは全部、宇佐美の影響ですね。この人がかっこいいライブをするから、全員そうなっていったと思う。で、私はとくに何も考えずに宇佐美に影響されていったら、言動とかも雑になった(笑)。

宇佐美 ごめん(笑)。

毛利 ホントにみんな、みるみる髪の毛が短くなっていったんですよ。

立崎 当時のベース、すごくかわいかったんですけど、気づいたら鼻ほじりだしてたり(笑)。

宇佐美 出会った頃はみんな、人前で悪口も言わなかったのにね。今じゃもう。

―― ロックバンドとしての精度をあげていけば、あとはどう見られても関係ないという意識になったんですかね。

吉田 きれいなものをちゃんときれいと言えるし、ブスで汚いものはブスで汚いと言える、その精神を(宇佐美が)育ててくれたんだと思います。そうしたら音楽も作りやすくなったし、よかったなって。

毛利 性格が悪くなったのは別として(笑)。

宇佐美 バンドをやる上で、感覚とか精神的な審美眼とかは必要だと思うんで、好きなものを集めたりかっこいいものをかっこいいと思ったりする、そういう精神を育てていく過程での話ですね。

大塚 それめちゃめちゃわかる。俺、ステレオに入って性格変わったもん。悪影響(笑)。

宇佐美 ロックは悪影響も及ぼすものなので。

毛利 でも、基本的に個人に自信がある人たちではないので、5人でいると調子に乗るだけという感じなんだと思います。

―― そういう吹っ切れた気持ちになってから、楽曲の作り方も変化しましたか?

宇佐美 変わりましたね。前はみんなでスタジオに入って、例えば1時間頑張ったけど何もできなかったとか。できても何か違うとか。でも、ちゃんと曲のイメージを持てるようになって、それにみんなが沿えばいいようになった。

吉田 そこで、ちゃんと「ブス」って言える感性で臨めるようになりましたね。「これはダメ」とか「これはすごく好き」とか。そういうのを言い合えるようになったのはあります。

―― ガールズバンドのパブリックイメージに縛られなくなった瞬間に、みんなが自由になったんですね。

宇佐美 そういうことですね。

大塚 音楽に限った話じゃなく、そういう感覚は生まれましたね。

―― 高3の岐路はどう乗り越えたんですか?

毛利 ばっちり休みました。

宇佐美 自称、進学校だったので、高3になると部活に出られなくて。大学受験をすると決めた生徒は部活に来ずに受験モードに入るんです。奏子は受験をやめたんだよね。

吉田 私は「バンドをやりたいから、もう大学行かなくてよくね?」と思ってバッサリ(進学)をやめて、すごい勢いでバイトをし始めて、高3の3月に家を出ました。自分のやりたいことをやるからには、親に迷惑かけられないと思って。なので働いて一人暮らしをしています。

―― そうなんですね。

吉田 私は洋楽とかにはとくに興味があるわけではないんですけど、ステレオ自体にはすごく執着があって。何とかなるでしょ、と思って。

大塚 ステレオが続くことを信じて。

吉田 信じてというか、なくなるわけがないって自信があったんですよ。今から思うと寒気しかしないですよね(笑)。

宇佐美 もう行動力の権化ちゃんですよ、この人。

吉田 でも何とかなってるんで。お金はないですけど。

立崎 奏子、一人暮らしして最初はお料理もいろいろ頑張ってたんですけど、一人暮らし2年目の食卓、乾燥わかめ以外に何もないスープなんですよ。なのでCDを買ってください。

宇佐美 そうそう、生活を助けてください。

―― みんなが進学するなかで、そこまで腹を括れたというのはすごいですよね。

吉田 私はバンドのことをけっこう客観的に見ていたので、「これが売れないわけない」っていう謎の確信があったというか。高校生にしては変な曲を作るなっていう感じはあったんですけど、でも自信がありました。

―― みなさんはどうでしたか?

毛利 私はあまりそういうのはわからなかったというか。なんだろう……私個人としては、自分が楽しいからやるというのが第一で。でも奏子に関して言えばバンドへの信頼がずば抜けていて、そういうものに引っ張られてきた感じはあります。この人がエネルギー源というか、「行くぞ!」って引っ張ってきてくれた。

吉田 私ももちろん楽しいんですけど、楽しいだけでやってると限界があるじゃないですか。だから楽しいって言ってもらえるためには、現実的にものを考える人がいないといけないと思うんです。この間、楽器を直していただく大人の方とも話したんですけど、金銭的なこととか、これからどうしたいのかとか、ちょっとずつでも考える人がいないとダメだなって、最近も、昔も含め思ったので、私は無理にでも自信をもってやってきましたね。

毛利 面倒くさいこと、ぜんぶこの人に押し付けちゃったんですよね。

―― そんななか、この1stミニアルバム『ベイビー、ぼくらはL.S.D』はどうやって生まれたんですか? 言わば、作品をリリースするということはお客さんとのコミュニケーションでもありますよね。

宇佐美 CDの制作に関しては、お客さんのことは一切考えてなかったですね。

大塚 俺が入ってから、曲として完成した楽曲だけで作ったんですよ。

宇佐美 これがCDになったらめちゃくちゃかっこいいな、ていう自分たち本意のものですね。で、2017年の冬くらいに録音したいねってそんな話をしていた時に、たまたまレーベルの人にSD契約の声をかけてもらって。

大塚 だから、自分たちで「むちゃくちゃいいなー!」っていうのを作って、リスナーには「みんなも聴く?」みたいな感覚なんですよ。

毛利 例えば、私がオアシスとかを誰かに「これ良くない?」って貸すような気持ち。ちょっとでもダサいと思われたら腹がたつんで、全部いい感じにしようと思って曲順とかもすごく考えて作りました。

吉田 作る面ではお金のこととかは考えずに、表現したいものだけを頑張ろうと思って作ってますね。やっぱり、ポイントポイントで掴まなきゃいけないチャンスってあると思うんですよ。例えばSD契約とかもそうですし。でも、やりたいこと、楽しいことをやって評価されたいよねっていうスタンスは変わらなくて、売れたいとか気負わずにやっているのがいいんだろうな、と思います。

―― バンド側のテーマみたいなものはあったんですか?

毛利 私は暗くないものが作れればいいと思ってた。

宇佐美 同時期に一気に作った曲だから、何となく似てる雰囲気になってるだけで、何かテーマを設けたわけではないけど。

吉田 テンションは似てるかもね。

宇佐美 そろったものが最高だった、というだけですね。

毛利 ちょっと話は違うんですけど、「ベイビー、おうちに帰ろう」という曲でコール&レスポンスが起こるんですけど、そこがどうしても慣れなくて。恥ずかしい。去年の冬くらいまでどうしても照れちゃってやれなかった。

宇佐美 今度から「黙ってろ」って言う?

毛利 一度ライブで「絶対コール&レスポンスしないでください」って言ったことあるよね。

大塚 もうそういうことにする?

吉田 「歌うなよ、絶対歌うなよ」って(笑)。

大塚 「コール&レスポンスをした方は退場です」ってチケットに書くとか(笑)。

吉田 ひどいなー。

―― (笑)。バンドとしては今、どういう状態にいるんでしょう。

宇佐美 いま作っている曲は、前よりちょっと落ち着きましたね。

毛利 うん。かなり落ち着いた。

宇佐美 前はがちゃがちゃうるさい感じだったんですけど。ちょっとのんびりした心地いい感じです。

毛利 そうやってできた2ndアルバムは微妙な評価を受けるんだよね。

宇佐美 そうそう。

大塚 そうなんだよね。1stアルバムは初期衝動で受け入れられて。

毛利 でもコアなファンとかは2ndの方が好きとか言うんだよね。言ってくんないかな。

宇佐美 次に出すのは、少し静か目な印象になると思います。

毛利 で、3枚目でまた「あれ、また戻った?」ってなって、4枚目でゴリゴリのダブアルバムを作って解散するという。

宇佐美 完璧な流れ(笑)。

―― 今のバンドの気分が少し落ち着いたというのは、自信もついたからというのがあるのでは?

宇佐美 自信とかではないと思います。

毛利 疲れたのかな?

―― 疲れた(笑)?

吉田 1年間、うるさい曲をやってたから(笑)。

立崎 あれなんですよ。夏が嫌いなんですよ。動けなくて。

吉田 そう。初期衝動も終わったし、夏も来たし。

―― じゃあ冬に楽曲を作ると元気になるとか?

吉田 冬に(大会で)賞をとれたのは、そういうことかもしれないね。

宇佐美 あー。冬の方がたしかに好きですね。

毛利 賞をとった曲も、秋に作ったかも。

立崎 春夏はダメですね。

宇佐美 冬バンドです。

―― 全員でそういう落ち着いたモードになったのは何故でしょうね?

宇佐美 いま新しく作っている音源は、ギターを録り重ねたり、コーラスを加えてみようとかギミックが多い曲なんですよ。1枚CDを作ったことによって、方向性がオルタナティヴ・ロックというかだいぶ落ち着いてきて、その落ち着いたところから始めるという感じなので、ゆっくりの曲が生まれてるんだと思います。

―― そうなると、ライブも変わってきそうですね。

毛利 いま新曲もやっているんですけど、楽しいですね。

宇佐美 ミドルの曲とか、新しい感じでやれてますね。

吉田 その分、もっと練習しないと。ちょうどこの間のライブでもライブハウスの方に言われました。

毛利 今までは「下手だけどいいよ」って言われてきたんですよ。でも、CDが出てMVができて、ネットとかでも不特定多数の人たちに広まったり、ライブに来てくれる人も増えて、大きいフェスも決まって。「曲がいいからちゃんと上手くなりなよ」って言ってくれる人も出てきて。詰めが甘かったところが見えてきて、成長期なんだと思います。

―― 見える風景が変わってきたんですね、きっと。

宇佐美 そうですね。いるステージが変わってきたのは感じます。

―― それにバンドがどう向かっていくのか、楽しみですね。

毛利 私たち、根が真面目だし生来のロックンローラーじゃないので、ちゃんと歩き方は変えなきゃなとは思う。でも、テンションは変えたくないんですよ。バンドは変わらないんだけど、脱皮していかないとって思います。


宇佐美 そうですね。お客さんに言われたからってどうこうすることはないけれど。でも作る曲の質が変わってきたりしたことで、それに合わせてみんな技術もあげていかなきゃいけないし。自然とそういうテンションになってるんじゃないですかね。


(インタビュー・秋元美乃/森内淳)
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<STAFF> WEB DONUT VOL.2 2018年9月号/2018年8月22日発行/発行・編集・WEB制作=DONUT(秋元美乃/森内淳)/カバーデザイン=山﨑将弘/タイトル=三浦巌/編集協力=芳山香

INFORMATION



ステレオガール『ベイビー、ぼくらはL.S.D』
2018年6月1日(金)Release
¥1,000(Tax in)
収録曲:M1 GIMME A RADIO M2 L.S.D M3 ひとごろし M4 ぼくらはわかくてうつくしい M5 ベイビーおうちに帰ろう
CD通販取り扱い店舗:HOLIDAY RECORDS/FLAKE ROCORDS/THIS TIME RECORDS/レコードショップZOO(名古屋)

ライブ情報
■8月26日(日)新木場STUDIO COAST「未確認フェスティバル2018 ファイナル」
■8月28日(火)京都MOJO
■8月29日(水)心斎橋pangea
■9月16日(日)福岡アーリービリーバーズ
■9月18日(火)大阪・泉大津フェニックス「OTODAMA’18~音泉魂~」
公式ツイッター:https://twitter.com/stereo_girl_

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Rock is LIVE 5 2018.10.12.fri 下北沢ベースメントバー hotspring/がらくたロボット/錯乱前戦

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