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The Beatles at Twickenham Film Studios 7 January 1969. Credit Ethan A. Russell _ © Apple Corps Ltd.

2021.10.15 upload

ディスク・レビュー
THE BEATLES『LET IT BE』スペシャル・エディション

●文=森内淳

ザ・ビートルズのアルバム『LET IT BE』の始まりはGET BACKセッションといわれるものから始まった。GET BACKセッションとは平たくいうと、バンド仲もよくないし、スタジオで凝った作品を散々作ってきたので、ここで初期に戻って、セッションを通して(つまり一発録りで)アルバムを作ろうという企画だ。ついでにその模様をフィルムに収めましょう、と。そうやって始めてはみたものの、カメラがあるせいでなかなかレコーディングに集中できず、セッションへの情熱も失いかける。そこでこれまでの成果をライブで表現しようというアイディアが1969年1月26日に浮上。1月30日にアップルビルの屋上で行われた(ビートルズ最後のライブセッション)ルーフトップセッションにつながる。アルバム『LET IT BE』の音源は主にこのルーフトップセッションの録音が使用されている。

当初は『LET IT BE』ではなく、『GET BACK』というアルバムになる予定だった。グリン・ジョンズが事実上のプロデューサー(名義はエンジニア、クレジット上のプロデュースはジョージ・マーティン)として雇われ、「バンドの欠点をもさらけ出す」をコンセプトに企画は進んでいった。そのため、グリン・ジョンズはわざわざスタジオの会話やふざけ合ってるやりとりを取り入れ、さらにリハーサルの音源も積極的に採用し、アルバム『GET BACK』を完成させた。今回、『LET IT BE』のスーパーデラックス盤に正式収録され、ぼくは初めて聴いた(海賊盤では出回っていたらしい)。正直にいうと、コンセプトには合ってはいるものの、ビートルズの作品として1969年にリリースするにはかなり冒険した内容ではある。『アビイ・ロード』という大逆転アルバムが出るので、リリースされてもよかったように思えるが、それは今だからいえることだ。CDの時代にはボーナストラックでレアトラックを収録するのがブームにもなった。その先駆けとして『GET BACK』があっても面白かったかもしれないが、それも今だからいえること。これが正式リリースされていたら、賛否両論が巻き起こったに違いない。

当のビートルズはアルバムが完成したにも関わらず、発売を承諾しなかった。アルバム・ジャケットもファースト・アルバムの再現にするつもりで、同じフォトグラファーで撮影され(後に『ザ・ビートルズ 1967年~1970年』に採用される)、ジャケットも『プリーズ・プリーズ・ミー』をそのまま再現するというデザイン案までできていたにもかかわらず、だ。セッションへの情熱を失っていたのと同時に、この作品を発表する意味を見いだせなかったのだと思う。そうこうしているうちにセッションの後にレコーディングしたアルバム『アビイ・ロード』が先にリリースされる。

1970年に入って、グリン・ジョンズは(GET BACKセッションの模様を収録した)映画『LET IT BE』に合わせて、アルバム『GET BACK』の内容を再編集することになった。新たにアルバム『GET BACK』を完成させる(第2形態)。ところが、これもメンバーが承諾せずにお蔵入りに。この幻のアルバムが、今回リリースされた『LET IT BE』スーパーデラックス・バージョンで再現されている。50年以上経ってようやく日の目を見たわけだ。ジャケットも当初のコンセプトが再現されていて(これは海賊盤ではなく「本物」なのだ)、それだけでもファン垂涎のアルバムだ。

グリン・ジョンズはそこでお役御免になり、GET BACKセッションのテープは新たに起用されたプロデューサー、フィル・スペクターの元へと渡る。彼は「バンドの欠点をもさらけ出す」というコンセプトやライブ感を排除して、オーバーダブを施し、完成度の高いスタジオ・アルバムを目指した。それが1970年5月8日にリリースされたアルバム『LET IT BE』だ。このアルバムはメンバーの承諾を得たことになっているが、ストリングスなどのオーバーダブが気に入らなかったポール・マッカートニーは後に「自分は承諾していない」と語っている。当時、ファンの間でもフィル・スペクターのプロデュースについて賛否が巻き起こったらしい。その騒動がアルバム『LET IT BE...NAKED』を生み出すことになる(2003年リリース)。『LET IT BE...NAKED』は、早い話、フィル・スペクターのアレンジを排除した、当初のコンセプトに寄り添った『LET IT BE』だ。このアルバムを作ろうと言い出したのは、もちろんポール・マッカートニーだ。

というわけで、『LET IT BE』はビートルズが最後にリリースしたオリジナル・アルバムというだけでなく、いろんなエピソードが渦巻いている。例えば、『LET IT BE』スペシャル・エディションをミックスしたのが、デビュー以来タッグを組んでいたにも関わらず『LET IT BE』でプロデューサーの座をフィル・スペクターに譲ったジョージ・マーティンの息子、ジャイルズ・マーティンということを考えると、マーティン家が『LET IT BE』を取り戻したというストーリーも見えてくる。ジャイルズはフィル・スペクターのアレンジを尊重しているので「マーティンmeetsスペクター」という物語ともいえる。ちなみにフィル・スペクターに依頼して『LET IT BE』を作り直したのはジョン・レノンで、ジョージ・マーティンはそんなことが行われているとは知らなかったそうだ。そうやって『LET IT BE』をめぐってはいろんなことが起こってる。そして第三者からはよく事情が飲み込めない部分も多々ある。それが『LET IT BE』の面白さでもある。大量の録音テープと大量の映像を残しながらも一番謎めいた作品なのだ。

1969年1月のルーフトップセッション以降のビートルズは解散状態にあったかというと、そうではなく、通常のレコーディングに戻り、『アビイ・ロード』に収録される曲やシングル曲を録り続けている。GET BACKセッションが解散の引き金のようにいわれているが、この事実を考えると、映画『LET IT BE』の暗い雰囲気がそう思わせただけなのではないかとも思う。ビートルズのリアルタイマーでビートルズに関して多くのエッセイを執筆している作家の松村雄策氏も「ビートルズは解散するつもりはなかったのではないか」説を唱えている。2021年11月に映画監督のピーター・ジャクソンがGET BACKセッションの膨大なフィルムを再編集して映画『GET BACK』を公開するが、やはりぼくらが長年持っていたイメージとずいぶん違うらしい。ポール・マッカートニーも以下のように語っている。

「映画『LET IT BE』のオリジナル版は、ザ・ビートルズの解散と関係していた。だから僕は、かなり悲しい作品だとずっと感じてきた。けれど今回の新しい映画は、メンバー4人のあいだにあった友情と愛情を映し出している。ここには、僕らが一緒に過ごした素晴らしい時間も記録されている。新たにリマスタリングされたアルバム『LET IT BE』と共に、これはあの時代を思い出させてくれる力強い作品となっている。僕が思い出したいザ・ビートルズはこういうザ・ビートルズだった」(ポール・マッカートニー)

ビートルズは1970年4月に解散してしまうのだけど、それも偶発的なことによるものではなかったのかという見方もある。解散後もメンバーは普通に交流している。バンドのことはバンドにしかわからないのでなんともいえないが、この辺りもまた謎めいている。そういうわけで、新たな『LET IT BE』のリリースは単に50周年という話題だけではなく、いろんなストーリーを内包している。それはビートルズの物語でもあるし、それぞれのプロデューサーの物語でもある。またレコード(アルバム)や映像作品そのものの物語でもある。世の中に星の数ほどレコードは存在するが、これだけの逸話をまとった作品も珍しい。

© 2021 DONUT

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INFORMATION

『LET IT BE』スペシャル・エディション

<<スペシャル・エディション[スーパー・デラックス](5CD + 1ブルーレイ収録)>>

●全57曲収録 ●CD1:オリジナル・アルバム ニュー・ステレオ・ミックス:12曲 ●CD2&3:未発表アウトテイク、スタジオ・ジャム、リハーサル:27曲 ●CD4:未発表の1969年『ゲット・バックLP』(グリン・ジョンズ・ミックス)新マスタリング:14曲 ●CD5:『レット・イット・ビー』EP:4曲 ●ブルーレイ:オリジナル・アルバム ニュー・ステレオ・ミックスのハイレゾ(96kHz/24-bit)、5.1サラウンドDTS、ドルビー・アトモス・ミックスのオーディオ収録 ●ダイカット・スリップケース ●本文100ページの豪華ブックレット付 <日本盤のみ> SHM-CD仕様 英文ライナー翻訳付/歌詞対訳付


<<スペシャル・エディション[2CDデラックス]>>

●26曲収録 ●CD1:オリジナル・アルバム ニュー・ステレオ・ミックス:12曲 ●CD2:未発表アウトテイク、スタジオ・ジャム、リハーサル:13曲 /未発表「アクロス・ザ・ユニヴァース」1970ミックス ●40ページのブックレット付 <日本盤のみ> SHM-CD仕様 英文ライナー翻訳付/歌詞対訳付


<<スペシャル・エディション[1CD]>>

●オリジナル・アルバム ニュー・ステレオ・ミックス:12曲 <日本盤のみ> SHM-CD仕様 英文ライナー翻訳付/歌詞対訳付


<<スペシャル・エディション[LPスーパー・デラックス]>>

●全57曲収録(4枚の180g/ハーフスピード・マスタリングLP+45rpm 12インチEP) ●LP1:オリジナル・アルバム ニュー・ステレオ・ミックス:12曲 ●LP2&3:未発表アウトテイク、スタジオ・ジャム、リハーサル:27曲 ●LP4:未発表の1969年『ゲット・バックLP』(グリン・ジョンズ・ミックス)新マスタリング:14曲 ●EP:『レット・イット・ビー』EP:4曲 ●ダイカット・スリップケース ●本文100ページの豪華ブックレット付 <日本盤のみ> 英文ライナー翻訳付/歌詞対訳付


<<スペシャル・エディション[1LP]>>

●オリジナル・アルバム ニュー・ステレオ・ミックス:12曲 ●180g/ハーフスピード・マスタリングLP <日本盤のみ> 英文ライナー翻訳付/歌詞対訳付


<<スペシャル・エディション[1LPピクチャー・ディスク](THE BEATLES STORE JAPAN限定商品)>>

●THE BEATLES STORE JAPAN限定商品 ●オリジナル・アルバム ニュー・ステレオ・ミックス:12曲 ●180g/ハーフスピード・マスタリングLP ●アルバム・アートのピクチャー・ディスク仕様 <日本盤のみ> 英文ライナー翻訳付/歌詞対訳付


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MOVIE INFORMATION


ドキュメンタリー作品『ザ・ビートルズ:Get Back』
11月25日(木)・26日(金)・27日(土)ディズニープラスにて全3話連続見放題で独占配信
伝説のロックバンド、ザ・ビートルズの3日連続6時間の時空を超えた《体験型ドキュメンタリー・エンターテイメント》が、ディスニープラスで独占配信。巨匠ピーター・ジャクソン監督によって、“Get Back(復活)”を掲げて集まった4人が名盤「レット・イット・ビー」に収録される名曲の数々を生み出す歴史的瞬間や、ラスト・ライブとなった42分間の“ルーフトップ・コンサート”が史上初ノーカット完全版として甦る。解散後、半世紀を超えて明かされる衝撃の真実とは?
監督:ピーター・ジャクソン
出演:ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
公式サイト Disney.jp/thebeatles

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