2021.07.05 upload
カルチャー レビュー
浅田信一とドルビージャパンを訪問
「ドルビーアトモスについて訊く」
●取材・文=森内淳
Apple MUSICが「空間オーディオ」と称してドルビーアトモスを、そしてロスレスを投入。ロスレスの方は圧縮率を下げた分、音がよくなるというもの。これは何となくわかる。しかしドルビーアトモスの方は今いちどういうもなのかわからない。たしかにiPhoneとAirPodsの組み合わせで聴くと、音が広がったように聴こえる。モバイルとイヤホンで聴くサウンドとは思えない。ということはサラウンドの強化版ようなものなのだろうか。
以前、ザ・ビートルズの『アビイ・ロード』のドルビーアトモス盤をドルビーの視聴室で聴かせてもらったことがある。そのときの体験は素晴らしいものだった。いろんな方向から楽器の音やコーラスが聴こえてきて、「ここにこんな音が潜んでいたのか」と思わせる瞬間も多々あった。まさに音に包まれる、すなわちドルビーアトモスフィアされる感覚になった。このままこの空間の中で暮らしたいと思ったほどだ。
しかしそれはあくまでドルビーの試聴室での出来事だ。視聴室にはハイエンドのオーディオ・システムと前方、後方、天井にスピーカーが備え付けられていた。つまりいい音で聴くためには金がかかるということだ。逆に言うと、金さえかければいい音が手に入るわけだ。
ところがApple MUSICのドルビーアトモスは最新OSさえが入っていればiPhoneとAirPodsの組み合わせで「空間オーディオ」を楽しめるという。ハイエンドのオーディオ機器がなくても、スマートホンとイヤホンでもドルビーアトモスはそれなりの効果を発揮できるという。この点がどうにもわからない。ということはAppleが提供しているのは擬似的なドルビーアトモスということなのか。それはサラウンドの効果とどう違うというのだろうか。明らかに違うように聴こえるのだが、それがどういうものなのか、上手く説明できない。
そう思っていたところ、ミュージシャンでもありプロデューサーでもある浅田信一がドルビージャパンにドルビーアトモスの視聴に行くという。だったらDONUTのウェブサイトで取材させて欲しい、と、便乗することになった。
6月の中旬、ぼくたちは銀座のドルビージャパンを訪ねた。まずは試聴室でビートルズの『アビイ・ロード』のドルビーアトモス盤(Blu-ray)を聴くことにした。視聴環境は7.1.4システム(4つの天井スピーカーか、4つのドルビーアトモス対応スピーカーまたはモジュールを使用したシステム)。視聴後にドルビージャパンの中山尚幸さんにドルビーアトモスの仕組みや音楽制作に何をもたらすのかを訊いた。
―― では浅田さんの方から質問をしていただければ、と思います。
浅田信一 ドルビーアトモスとこれまでのサラウンドの違いというのは何ですか?
中山尚幸 ドルビーアトモスはオブジェクトベース音声を扱うことができることがこれまでのサラウンドとの違いです。オブジェクトとは音と位置情報をペアにして記録・伝送することができるので、制作者がどこから聴こえてくる音かを再生デバイスに伝えることができるのがドルビーアトモスなわけです。
―― サラウンドとは基本的に異なるわけですね。
中山 オブジェクトの音声には音と位置情報等のメタデータがあって、再生機器のデコーダへ音声信号と音がする位置がどこなのかという情報を届けます。デコーダにはレンダリングという工程があり、予め設定されている再生デバイスのスピーカーの数、位置、能力を全部把握して、XYZで指示された辺で音声信号が鳴っているように聴こえる音に処理をします。つまり単に「音を広げる」ということではなくて、位置情報に従い広がったようにも、そうでないようにも聴かせられるということです。
―― サラウンドとはそもそもの仕組みが違うんですね。
中山 一般的なサラウンドが2/5.1/7.1とチャンネルを増やして、精密な音響再現を目指してきました。これ以上チャンネルを増やすと、再生環境や制作環境を複雑にすることは、誰もが気づいていたと思います。オブジェクトオーディオでこの問題を解決したいという目的もドルビーアトモスにはあります。
―― 映画館に行くとドルビーアトモスという言葉を耳にします。
中山 映画館にはスピーカーの数がたくさんありますが、家庭で再生するドルビーアトモスもミックスする時点では同じドルビーアトモスなんです。ドルビーアトモスは従来のチャンネルベース音声も扱うことができ、Bedと呼んでいます。Bed音声はチャンネルにアサインされたスピーカーで再生されます。例えば、左側の壁にLss ch用の10個のスピーカーが並んでいたとしたら、その10個から同じ音が出ます。そうすると場内のお客さんは座っている位置に関係なくみんなが真左を意識します。この効果は包囲感の演出に向いています。オブジェクトの場合は、XYZで指定された位置のスピーカーまたは、指定位置にスピーカーがなければ複数のスピーカーでファントム音像を作るように鳴ります。座っている位置によっては、それが斜め前や真横から聴こえてくるわけです。例としてのLssの10個のスピーカーでは、一つずつスピーカーで鳴らすことができ、音声の移動も可能で定位感が向上するのがオブジェクトの音声です。この効果ではスクリーン内の人物が視線を送った先に音像を作ることができます。
―― より現実感が出るわけですね。
中山 映画ではこの2つの特徴を活かしてミックスをしています。チャンネルベースのBedでは7.1.2ch(平面7.1chで天井L/Rの2ch)が使えます。音楽の場合でも、オブジェクトとBedの両方が使えます。ProToolsやNUENDOなどのDAWで7.1.2のバスが組めるのは、ドルビーアトモスのBed(チャンネルベース部分の名称)を作るためです。
―― 音楽作品の場合はどうなんでしょうか?
中山 ドルビーアトモスの音楽作品の場合はオブジェクトを使っているケースが多いようです。ただチャンネルベースだけでサラウンドを作るというやり方に問題があるわけではありません。例えば天井の前後に振り分けるとしたら、7.1.2chの天井はL/Rしかありませんので、オブジェクトを使うことになります。またオブジェクトは7.1.2以上の再生環境のために追加されたスピーカーでも鳴らすことができますが、7.1.2chのBedに記録された音声はチャンネルに属さないスピーカーで再生することができません。このようにBedとオブジェクトは仕組みとしては違うものを持っているけど、それを使うか使わないかはクリエイターさん次第ですね。
浅田 今、Apple MUSICで提供されているドルビーアトモスの楽曲は、すでにリリースされた楽曲がほとんどなので、音源に後からオブジェクトを仕込んだということになるわけですね。
中山 そうですね。Bedとオブジェクトを使っているのか、全部オブジェクトだけなのかはわかりませんけど、2chから何らかのかたちでイマーシブな効果を得られるようなミックスをし直したということですね。
浅田 オブジェクトに関しての質問ですが、先ほど7.14ではなくサウンドバーでも同じような効果が得られました。ということは、例えば左上45度から聴こえるようにオブジェクトを作ったとして、スピーカーは2つしかなくても左上45度から音が正確に聴こえてくるということなんですか?
中山 角度ということでいうとそこまで正確ではない可能性はあります。というのはオブジェクトの定義はXYZの百分率で決めているんです。極座標ではないんです。バイノーラルだったら極座標を使いますけど、ドルビーアトモスの場合は全部立方体の百分率を使っています。だから「45度ぴったりに聴こえないじゃないか」と言われると、「それもあるかもしれない」ということになります。ただ、例えば、LとLSの間に置いたオブジェクトがあったとして、そこにスピーカーを足したらそれが鳴るということですね。
浅田 そこにスピーカーを足さなくても、正確に左上45度ではないにしても、そういうバランスで聴こえるということですね。
中山 そうです。
―― だからAirPodsでもドルビーアトモスの効果が得られるわけですね。
浅田 これは個人的な感想ですが、イヤホンで聴いたときに位相が悪く感じたように思ったんですが、それは何が原因しているのでしょうか。
中山 iPhoneとAirPodsProで聴かれたんですね?
浅田 はい、そうです。
中山 AppleMUSICの「空間オーディオ」をヘッドフォンで試聴する際の処理について、それがどういう仕組みなのかは僕らにもわからないんです。ただ一般的にはヘッドホン音響を作ろうとするときにバイノーラル処理をします。バイノーラル処理は頭部伝達関数の適用なので、ここに音を置くというオブジェクトが指定されたら、左耳や右耳にどんなふうに伝わっていくのかを仮想ヘッドをベースに音を処理して送り込むんですね。そうすると位相等はずれて、周波数特性も変わって、LにRの音が混ざり、その反対も同じことになります。通常2chのヘッドホン音響って、Lの音は左にしか聴こえないし、Rの音は右にしか聴こえないので、全部、頭の中に定位するんです。これを頭部から外に出そうと思ったら、バイノーラル処理等するしかありません。その処理を顕著に感じられたのかもしれませんね。
浅田 なるほど。
中山 人によっては「おー、すごい!」と思う人もいるはずなんですね。で、どうして人によってそんな差が生じるかと言うと、仮想ヘッドが自分の頭部と合っているかどうかという話なんですね。
―― なるほど。
中山 それについてはいろんなメーカーさんがいろんなモデルを研究されているんです。「人類の平均はここだ」っていうのを考えるのか、例えば、SONYさんは外耳の型を画像処理して適切な計算してヘッドフォン音響をカスタマイズできるようにもしています。メーカーさんによっていろんなことをされていますよね。変換の方法はものすごくシンプルなんですけど、そこにどういう係数を盛り込んでいるかはメーカーさんそれぞれのオリジナルになってきますね。
―― 例えば将来的にSpotifyがドルビーアトモスの楽曲を流した場合はApple MUSICとの違いは出てくるんですか?
中山 それも配信する側よりもデバイスによって影響される方が大きいと思います。混乱しがちなのは配信する側がヘッドホン処理して送ってくるというケースもあるんです。そうするとそれは単純にデバイスに流し込んでいるだけなので、その場合はデバイスごとの影響はないです。ちょっとややこしいですけど、デバイスで処理する場合はデバイスとの組み合わせで新しいことがやれることにもなるんです。
浅田 AppleMUSICの場合がそうですよね。
中山 ただAppleさんの場合は特定のイヤホンで自動的に効果が得られるパターンとiPhoneで「常にオン」を選択すると、どのヘッドホンでも効果が得られるようになったりもするんで、その差をどうつけていらっしゃるのか僕らにもわかりません。
―― Apple MUSICがドルビーアトモスを採用してから反響はありましたか?
中山 音楽業界の反応はすごいですね。ほぼ毎日問い合わせがきています。Appleさん前後で、ご紹介する内容がどちらかというと制作における具体的な方法のお問い合わせが多くなりました。ドルビーアトモス用のスタジオがあるので「実際、こんな感じで作っていくんですよ」といったデモをお見せしたりしています。実は音楽ではAmazonさんが先行してやられてたんですけど、視聴する環境がAmazon Echoというスマート・スピーカーしかなかったのですが、Appleさんのサービスでモバイルでも聴けるようになったのは大きかったですね。
―― ドルビーアトモスは日々身近になっているということですよね。
中山 テレビの2chのスピーカーでもドルビーアトモス対応なら、レンダリングする機能を持っていて、大手メーカーの4Kテレビはほぼドルビーアトモスで聴くことができます。視聴可能な環境は今はもうかなり揃っているんで、聴く方の土壌は整ってきましたね。
―― 今後、音楽のクリエイターがどこまでドルビーアトモスで音を作っていくかということになってきます。
中山 ドルビーアトモスが登場する以前から、サラウンドが大好きな方が音楽業界にもいらっしゃって。そういう人たちにすれば、2chの制約の中でしか作れなかったものが開放されたっていうことで、すんなりドルビーアトモスに入っていかれる方も多いですね。一方でステレオ以上に意味を感じられなかった方は、後ろや天井にどういう音を置いたらいいのか、悩ましく感じられる方もいるんです。
浅田 そうでしょうね。
中山 それは映画のときも同じようなことが起きたんです。5.1サラウンドのミックスをしている人の中でも「天井に音を置いて何をするんだよ?」って言ってた方もいらっしゃったんです。
――やっぱりそういう方もいらっしゃったんですね。
中山 ところが、オブジェクトやBedで音を上にパンしただけで空間演出ができることに気がついたら、シーンによっては必要な空間演出のための音響が5.1の限界で作れないことを知ることになります。天井のために特別な音源を用意しなくても、5.1の素材でも思い通りの音響を作ることが重要なんです。そういう考え方が当たり前になってきました。だから音楽の場合も、包み込むようなサウンドを作ろうと思ったときに、エフェクターでスピーカーの外に広がっているような効果を作ることなく、音を必要な位置に置くだけで目的を果たせます。再生装置の擬似的に音を広げ仕組みでは、制作者の意図を反映さすることができませんが、ドルビーアトモスは制作者の意図を反映できるというところが大きな違いですね。2chで完成しているものをわざわざドルビーアトモスにすることはないと思うんですけど、2chで表現できなかったことが残っているんだったら、それをもう一回リミックスして本来の姿に並べ替えてあげるということができますからね。
浅田 今、Apple MUSICにはドルビーアトモス用の曲が数千曲あると思うんですが、それはすべてドルビーアトモス用のミックスをしていると考えていいんですか?
中山 そうなんですよ。短期間で準備するのは大変だったと思いますね。
―― 例えば、今後ドルビーアトモスが常識になった場合、新しく音源を作るときには2ch用のミックスとドルビーアトモス用のミックスを作るということなんですか?
中山 そうなってくると思います。サンプリング・レートも様々運用されるでしょうから、どういう形で残しておくのかというのはすごく悩ましいことではあるんですけど、実はドルビーアトモスはワークフローの中に2chとか5.1chとか7.1chとかを効率よく作る仕組みが残されているんですよ。簡単に言うと、ドルビーアトモスのミックス時に使用するレンダラーは、最大で128chの入力に対応しています。この入力を各グループに分けることができるんです。例えば、その中からこれは打楽器、これはストリングス、これはブラスというグループを作って、それぞれを2chに書き出すことができるんです。それをステレオミックスすれば2chは比較的簡単にできます。
―― 2chのものにドルビーアトモスの情報を与えるやり方とは逆の発想ですよね。まずドルビーアトモスで作っておいて、それを2chにしたり5.1chにするとすごく簡単なわけですね。
中山 そうですね。
浅田 曲を制作していくときにどうしても2ミックスを前提にアレンジをしていくんですが、それをドルビーアトモス前提で、じゃこの楽器をこの辺に置こう、みたいなイメージの作り方に変わっていく可能性もあるっていうことですね。
中山 そうですね。通常ステージでの編成を考えたときにありえないような位置に楽器を置くということもできるし、2chのミックスがあって、その上でちょっとした効果音とかシンセサイザーを広げてみたり、コーラスを入れたりもできます。ルーム・シミュレーション的にはリバーブを出して、全体を囲むようにして、まるでそこに居るような感じを出したりするミックスもできるし、いろいろな使い道があると思うんですよね。例えばピアノのソロをスタジオで2ch用にマイクを6本くらい使って録ったします。それをレコーディングルームのマイク位置にふさわしいように、オブジェクトとして置いたと思われる作品もあって、とても効果的ですね。
ドルビーアトモスとはサラウンドのように擬似的に音像を広げていくのではなく、音そのものに位置情報を埋め込む技術だということ。再現性の精度はヴァーチャライザーによるところが大きいが、スピーカーの数に関係なくドルビーアトモスの効果は得られること。このことを踏まえながら、今度はビリー・アイリッシュとアリアナ・グランデの曲をスマートスピーカー経由で視聴した。さらに浅田信一にドルビーアトモスについて話を聞いた感想と、これからの音楽制作にどういうふうにドルビーアトモスが影響を及ぼすのかを訊いた。
―― まずはハイエンドのシステムでドルビーアトモスを体験しました。音源はビートルズの『アビイ・ロード』です。忌憚のない意見をお伺いしたいんですが。
浅田信一 正直なところ「ビートルズのような音楽をドルビーアトモス的な仕組みで聴くことが果たして必要なのかな?」って感じたのはちょっとありました。というのも、本来前から出てくるべき音を耳で受け取って音楽に没頭しているときに、突然、自分の頭の後ろの方からポール・マッカートニーのコーラスが入ってきたりすると、びっくりして音楽に集中できなくなる感じはちょっとあったんですよね。そういう意味ではツー・ミックスで完成している音楽に関してはとくにドルビーアトモスにして聴く必要はないのかなと思いました。
―― ドルビージャパンの方にお話を伺った後、その次にビリー・アイリッシュとアリアナ・グランデを聴きました。
浅田 ビリー・アイリッシュやアリアナ・グランデのような、今の音楽に関してはドルビーアトモスのような音像も意識した上で制作されているように思うんです。少なからずそのような意図を感じる音楽に関してはコンサートホールにいる臨場感とかアトラクション的にパーカッションの音が自分の後ろから聴こえてくるとか、そういうのは逆にありだなと思いましたね。それから、スマートスピーカーのような手軽なオーディオ機器でもドルビーアトモス処理をした楽曲はすごく臨場感を感じました。なので、大きな投資をしなくても、昔でいうラジカセやミニコンポ程度か、それ以下の値段で手に入るコンシュマー向けの小さなスマートスピーカーで臨場感を得た音響技術の恩恵を受けられるというのはすごく画期的なことだと思いました。
――プロデューサーの立場から見て、今後、ドルビーアトモスが音楽に定着していくと思いますか?
浅田 あるジャンルにおいては定着していくと思います。要するにエレクトロ的な音楽ですよね。
―― コンピュータで制作できるような音楽ですよね。
浅田 そうです。あとはクラシックですね。クラシックは大きなホールでオーケストラを聴くので「反響」がすごく重要な要素になってくるんですね。ドルビーアトモスで空間の反響が再現できるので、クラシックの世界ではすごく普及していく気がします。
―― クラシックがドルビーアトモスを牽引する、と。
浅田 1950年代以降のロックとかポップスというのは、もちろんライブもあるんだけど、レコード前提で作られたものなので、ステレオ装置で出したときにいかにいい音で聴こえるかどうかが前提になってくるんですけど、クラシックはそもそも実際に会場に行って楽しむものなんですよね。だからクラシックのレコーディングって50年代の録音もすごくハイファイなものが多いんだけど、ひとつの楽器に対して1本のマイクを立てるんじゃなくて、会場にステレオあるいはモノラルのマイクを立てて、全体の音を録るんですよ。ということは会場の鳴りをレコードに収めるということなんですよね。
―― そういうことになりますよね。
浅田 クラシックのレコードを高級なオーディオ機器で再生すれば、それなりの臨場感は得られるんですけど、例えばラジカセで聴いても臨場感を再現することは無理なんですよね。
―― ドルビーアトモスだと違ってくる。
浅田 ドルビーアトモス前提でレコーディングされるクラシックの音楽は高級オーディオがなくても、スマートスピーカーがあれば、会場で聴くような音響が再生できるということですよね。もちろん今日の試聴室のようにいくつもスピーカーがあればいいんだろうけど、それがなくても立体的な聴こえ方をするということですよね。
―― ポップスよりもクラシックが先行するということですね。
浅田 モノラルからステレオのときもそうだったんですけど、一番最初にステレオの技術を使ったのはクラシックだったんですよ。ビートルズも60年代の半ば以降までずっとモノラルだった。ところがクラシックに関しては50年代からステレオの盤っていうのがあって、すごく評価も高くて音もいいんです。そういう意味ではドルビーアトモスもクラシックが先行するんじゃないかな、とは思います。
―― ポップスの世界はどうなっていくと思いますか?
浅田 現段階でみなさんが考えていることは「ステレオミックスされたものをドルビーアトモスにするにはどうしたらいいんだろう?」ということだと思うんです。それは世界のトップ・アーティストもそう考えていると思います。それがドルビーの方もおっしゃっていたように、ドルビーアトモス前提でミックスをして、そこからツー・ミックスに落とし込んでいくというふうになっていけば、ドルビーアトモスの捉え方も変わってくるとは思います。それが何年後になるのかはわからないですが。
―― 浅田さん個人はドルビーアトモスをレコーディングに導入したいという欲はありますか?
浅田 どうなんでしょうね。そういうプロデュースの依頼があればやりますけどね。その場合、大変なのはプロデューサーというよりもエンジニアですけどね。プロデューサーは「ここのハットの音を天井のスピーカーから出すように設定してよ」とか言えばいいわけだから(笑)。アーティストもそうですよね。要望を言えばいい(笑)。
―― 楽曲の作り方って変わっていくのでしょうか?
浅田 ステレオを前提に楽曲を作るときに、だいたいセオリーってあるんですよ。ほとんどの場合、キックとスネアとベースとボーカルが真ん中にいるんですね。ハイハットがちょっと左側にいて、ギターはちょっと右側とか。要するにステージにミュージシャンが並んだところを想定した音像の作り方がセオリーとしてあるんですよ。それがドルビードルビーアトモスになると、360度の中のどこに楽器を配置しようかっていう設定になってくると思うんですね。ポップスとかロックの場合、そこの正解がまだないんですよね。
―― なるほど。
浅田 例えば、代々木体育館でライブを見るとすると、会場の壁や客席に跳ね返った音も込みで聴いているんですけど、ロックやポップスの場合、それは雑音ということにもなりますからね。
―― 例えば、デスクトップ・ミュージックが生バンド的な臨場感を演出するためにドルビーアトモスを使うパターンはあるような気がするんですが。
浅田 先ほどの説明にもありましたが、ドルビーアトモスで音を作るにはそれ用の設備が必要になってくると思うんですよ。それを備えたスタジオはまだ少ないでしょうしね。コンピュータの中でドルビーアトモス・レンダラーをプロトゥールスに接続しながらドルビーアトモスの位置情報を埋め込めたとしても、実際に聴きながらじゃないと思惑通りにはいかないと思うんですよ。
―― ある程度はヘッドホンの中で確認できそうですけどね。
浅田 うーん。ヘッドホンで作るとハイエンドの機器で聴いた場合にスピーカーで鳴らしたときの感じが違ってくると思うんですよ。
―― たしかに全員がスマートスピーカーやスマートホンやタブレットで聴くとは限らないですからね。
浅田 だからそれなりの音響システムがミックスをするスタジオにないと難しいかもしれないですね。そこが普及の鍵だと思います。
© 2021 DONUT
浅田信一 INFORMATION
2019年8月21日リリース
収録曲:01. Dreams
02. タイムマシンに乗って
03. 世界の果てから
04. 君がくれた宝も
05. ベガ
06. セピア
07. 君を傷つけてしまった
08. あいのうた -ALBUM MIX-
09. 走れメロウズ
10. マジックアワー
■浅田信一サウンドプロデュース作品 プレイリスト