DONUT

中野ミホのコラム「まほうの映画館2」

中野ミホ(Singer/Songwriter)のコラム「まほうの映画館2」
中野ミホが最新作から過去の名作まで映画を紹介します。
●プロフィール:中野ミホ/北海道札幌市生まれ。2009年に結成したバンド「Drop’s」のボーカルとして活動し、5枚のフルアルバム、4枚のミニアルバムをリリース。2021年10月にDrop’sの活動を休止後、現在はシンガー、ソングライターとして活動。ギター弾き語り、ベースを弾きながらのサポートピアノとのデュオ編成やドラムを加えてのトリオ編成など、様々な形態で積極的にライブ活動を行なっている。
●公式サイト:https://nakanomiho.tumblr.com
●中野ミホYouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/channel/UCjvQfnXVg6hTd8C8D6PSQGQ

>> まほうの映画館1のアーカイブへ(別ウィンドで開きます)

第40回「フィルムの中だけの永遠を、もう一度。瞳をとじて」

2024.2.27 upload

『瞳をとじて』(2023年:スペイン)
原題:Cerrar los ojos/英題:Close your Eyes
監督・原案:ビクトル・エリセ
脚本:ビクトル・エリセ/ミシェル・ガスタンビデ
キャスト:マノロ・ソロ/ホセ・コロナド/アナ・トレント ほか
公式サイト:https://gaga.ne.jp/close-your-eyes/
全国順次公開中


みなさんこんにちは。
早いものでもう2月も終わりですね。
春っぽい日と寒い日のせめぎ合いが、はげしい……。
みなさま体調は大丈夫ですか?

さてさて。今月も楽しみにしていた作品を観にいってきました。
あ、今回ネタバレ注意です。
『瞳をとじて』(原題:『Cerrar los ojos』)
2023年、スペインの作品です。
監督はビクトル・エリセ、出演はマノロ・ソロ、ホセ・コロナド、アナ・トレントなど。

映画監督ミゲル(マノロ・ソロ)がメガホンをとる映画「別れのまなざし」の撮影中に、主演俳優フリオ・アレナス(ホセ・コロナド)が突然の失踪を遂げます。
警察は近くの崖に靴が揃えられていたことから投身自殺だと断定しますが、遺体は見つかりませんでした。 それから22年が過ぎたある日、ミゲルのもとに、かつての人気俳優失踪事件の謎を追うテレビ番組から出演依頼が舞い込みます。取材への協力を決めたミゲルは、当時の友人を訪ねて話を聞いたり、資料を見返したりして、親友でもあったフリオと過ごした青春時代や自らの半生を追想していきます。
そして番組終了後、フリオに似た男が海辺の施設にいるとの情報が寄せられたことから、物語は動き出していきます……。

とてもとてもよかったですー。
ビクトル・エリセ監督の作品は初めて観たのですが、とても奥ゆかしくて繊細で、美しかった……。
前半のマドリードの洗練された現代の風景、濃い光、夜の藍色、重厚なグリーン。
そして後半の田舎町のあったかい太陽、かわいて、褪せたような壁の色。エメラルドグリーンの海。

登場人物それぞれの顔に刻まれたしわ、光をうけたまなざし、それぞれの人生が、記憶がじんわりと交錯して、でも思いもよらない方向へ向かっていって。そういうことってきっと本当にあるし、すごく深みがあって素敵で、あぁー人生……って感じでした。

いくつか歌を歌う場面があって、それがとても印象的でした。
準備して張り切って歌う歌じゃなくて、その場で口から出てくる歌、昔からずっと知っている歌。
そしてそれは不思議なくらい人との距離を近づけるし、思い出も急によみがえったりするんだよなぁ。
フリオが戸惑いながらも歌い出すシーンは涙が出ました。

この映画の大きなテーマは「記憶」だと思うのですが。
生きている時間が長くなればなるほど、記憶や思い出の容量が増えていって、重みも増えていって。
たとえ物理的に同じ時間を経ていても、人によって重みが全然違っていたり、ある記憶にずっと引っ張られたりしていることもあると思う。
この映画でも若くして亡くなってしまった人や、突然記憶を無くしてしまった人、そうやってある日ぷつっと途切れてしまう人もいるし、ずっと居場所を探し続ける人もいます。

きっとミゲルにとっては仲間と映画を作ることが青春であり、生きることだったからフリオとそれをどうしてももう一度分かち合いたかったのかな。
彼に昔の写真を見せても、「これは俺じゃないし、あんたでもない」といわれ、でもそれでも否定したり強く言ったりせず、ただ隣にいる感じがとてもよかったなぁ。
お医者さんの言葉にあったように、彼の魂を取り戻したかったというか。
確かに、歳を取れば取るほど、思い出が人生そのものになってくるんじゃないかなという気もする。

決して戻らないとわかっている時代、人や場所をそれでも求めてしまう気持ちってなんか、さみしいけどあるよなぁ。
関係ないけど私も、夢に今はもうない前の実家が何度も出てきたり、ふとした瞬間に旅行先や、昔住んでいた場所がフラッシュバックしたりして不思議な気持ちになることがよくあります。もちろん写真を見返して楽しかった思い出に浸ることもよくあります。
そんな記憶や思い出がなくなったら、確かに自分のアイデンティティはどこに行ってしまうんだろうとも思うなぁ。

ラスト、閉ざされた映画館でみんなで映画を観るシーンはもうそれだけで、胸が熱くなりました……。それぞれが感じること、そしてフリオが目を閉じるシーン。

現代は消費されるスピードが早くて、いったい何が残るんだろう、って思うこともよくあるけれど、この映画は時代を超えて、ひとつの体験として残っていく気がしました。
ふとした時にあの少女のまなざしや、おじさん二人の並んだ姿や、海辺の白い建物や、歌を思い出す気がするなぁ。
そんな、ささやかだけれど、深く残るような作品でした。

もっと歳を重ねてから観るとまた違う気持ちになるのかな。
ぜひ映画館で体験してみてくださいね。

それではまた、みなさん体調にはお気をつけてー。


© 2024 DONUT



中野ミホ「Breath」インタビューを掲載

INFORMATION


サウンドトラック『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』宮田岳
2024年2月28日リリース
中野ミホが主題歌・挿入歌で参加(M2 待つわ/M15 まだみぬ果ては)
映画公式サイト:http://www.wakamatsukoji.org/seishunjack/
3月15日テアトル新宿ほか全国ロードショー



配信シングル「TAPES」
2023年3月29日(水)リリース
収録曲:01.国境/02.Turn



1stEP『Breath』
2022年8月17日(水)リリース
収録曲:01.My friend/02.不思議なぼくら/03.電源/04.Good morning to you/05.ハウ・アー・ユー/06.Mabataki
販売サイト:https://nakanomihoshop.stores.jp/

■ ライブ、イベントの最新情報は公式サイトをご確認ください。
https://nakanomiho.tumblr.com

中野ミホのコラム「まほうの映画館2」ARCHIVE

第1回:「そう、絶対に、愛が勝つ! ジョジョ・ラビット」
第2回:「きみとぼくだけの本当は、誰も知らない。ジョン・F・ドノヴァンの死と生」
第3回:「どんなに暗く冷たい雨だって、いつかは止むだろう。ブラック・レイン」
第4回:「ゾンビだらけの世の中でも、やさしく、ちょっと笑おう。デッド・ドント・ダイ」
第5回:「雨の街はいつもより、悩ましくロマンチック! レイニーデイ・イン・ニューヨーク」
第6回:「どうしようもなくても、そばにいて。ハニーボーイ。」
第7回:「夢かもしれない、でも残ってるあの夏の熱。真夏の夜のジャズ」
第8回:「ふたりの居場所は、湖だけ。鵞鳥湖の夜」
第9回:「あきらめるなよ、の言葉は優しさ。ぼくの家族。ヒルビリー・エレジー」
第10回:「ちょっとずつ繋がる、わたしと、わたし! パリのどこかで、あなたと」
第11回:「善悪なんてない、愛だけでいいはずなのに。聖なる犯罪者」
第12回:「その涙は、ほんものの恋! マーメイド・イン・パリ」
第13回:「大切な根っこは、いつもこころの中にある。ミナリ」
第14回:「言葉にならない、胸の奥にある音楽のようにふるえる。メリークリスマス!ミスターローレンス。」
第15回:「愛しているから、つらい。でも笑顔でいてね、ファーザー」
第16回:「それぞれを必死に生きてる、街はどこかやさしい。名も無い日」
第17回:「その光だけが命、たとえ海になってしまっても。ライトハウス」
第18回:「きっと、大丈夫。走り続ける、ドライブ・マイ・カー」
第19回:「小さくても、愛おしいひかり。歌ってよ、スウィート・シング」
第20回:「かっこ悪くても、そのままの自分を歌え! 愛は続いてく、チック、チック...ブーン!」
第21回:「どんなときだってずっと、家族は家族。大丈夫。パーフェクト・ノーマル・ファミリー」
第22回:「なんてしあわせな体験。リアルな魔法でできている世界のはなし。フレンチ・ディスパッチ」
第23回:「きみが居ないくらいなら、星になってしまおう。ガガーリン」
第24回:「マイナーキーで人生を歌おう。アネット」
第25回:「誰も予想できない、未来について話そう。前へ、前へ。カモン カモン」
第26回:「潮風と肌、悩ましい海辺の歌。夏物語」
第27回:「前も後ろもみなくていい、今だけ、あなたのためだけに走る。リコリス・ピザ」
第28回:「どんな世界でも、あなたはずっと歌っていて。ディーバ」
第29回:「それは私たちだけの、時代をも変える合言葉。アムステルダム」
第30回:「永遠なんてないから、今日は手をつないで眠ろう。ホワイト・ノイズ」
第31回:「光と影、永遠の魔法にきらめくさみしさ。美女と野獣」
第32回:「潮が満ちて、永遠に解けない彼女のミステリー。別れる決心」
第33回:「愛がくるしくても、捨てられなかった日記。僕の巡査」
第34回:「どんなわたしも、結局はわたし。ジュリア(s)」
第35回:「赤と青、盲目の恋の行方は果たして…? 苦い涙」
第36回:「キラキラしてなくてもいい、わたしはわたしなだけ! バービー」
第37回:「その夜のすきまに、星は見える? 白鍵と黒鍵の間に」
第38回:「おいしさの秘密は、あったかいハートにある。ウォンカとチョコレート工場のはじまり」
第39回:「自分なりのしあわせと、これから。枯れ葉」
第40回:「フィルムの中だけの永遠を、もう一度。瞳をとじて」

LATEST ISSUE

LATEST ISSUE

PODCASTING

池袋交差点24時

STUDIO M.O.G.

STUDIO M.O.G.

amazon.co.jp

↑ PAGE TOP